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●8月23日

◆小説…その16

20代前半のこの頃になって、やっと私は『三国志』に手を出します。
中学時代に思った通り、この頃の私には退屈なところは一つもなく、スラスラと読み進めましたね。
やっぱり面白い。
水滸伝もそうだったけど、群雄割拠。
英雄、豪傑達が紡ぎだす物語は確かに壮大でした。

物語は劉備が行商の帰りに母親への土産に高価なお茶を買うところから始まる。
そのよ、夜盗(っていうか、紅巾賊だっけ?)に襲われ、劉備は逃げる。
その場を助けたのが張飛である。
劉備はお礼にと某かのモノを探すが、見つからない。
で、腰に下げていた伝家の宝刀を差し出す。
そのまま劉備は母親の喜ぶ顔が見たくて家路を急ぐのである。

無事に行商から帰ってきた息子に喜んだ母親だったが、劉備の腰に目をやって顔色を変えた。
「お前、あの刀はどうしたえ?」
実は、こういった事情で命の恩人に差し上げた。と語ると母親は激昂してしまう。
母親の語る真実。
劉備こそ、後漢の末裔であり、その証があの刀であったのだ。と…。
いつの日か、お家の再興を願っていたのに。母のお茶などどうでもよかったのだ。と、母親は悲嘆にくれて、劉備は事情を知って途方に暮れる。

その頃張飛は、義兄弟の兄貴分関羽の元にやって来てみるからに分不相応な腰の刀を見咎められた。
よく見せてみろ。と手にした関羽はそれが身分のある者の刀である事を見抜く。
「どうしたのだ?」と問われ、事情を説明した張飛に、関羽はどこにお住まいか?と問いただし、ここに3人が相まみえ、桃園の誓いにつながっていくのだ。

最後まで読んで感じたのは、この時代の戦人は、勝った方も負けた方も痛みを十分すぎるほど知っていたのだ。という事。
今のようにボタン一つでミサイルが発射され、多数の死者を出すような戦争では、痛みは感じられないんじゃないか?
そう思う。
なにしろ武器は飛び道具といえば弓矢くらいで刀や槍、斧やら棍棒などである。
相手を刺せばその感触はいやでも手に残る。
だが生き延びるためには、そうするしかない。
生き延びた者は、その都度多数の命を背負っていたのではないか?
そうも思う。

勝つも負けるも半分は運のようなものだし、あとの半分は天地の理をいかに理解しているか?
それに尽きようというものである。
映画『レッドクリフ』の孔明がそうだったように…。
孔明は天地の理を理解していた。
もう少しで風向きが変わる事を知っていた。
それを大層に儀式めいた事までして見せたのは、自分の力の偉大さへの演出。
引いては劉備軍の強さを表すため。だったのではなかろうか?

この頃の物語には、よく仙術系の話が出てくる。
水滸伝でもそうだったが、孔明もそうした一人だ。
ただ、よくわからないのが『奇門遁甲』←毎度の事ながら漢字は合っているのだろうか??
その中でも『八陣図』
劉備軍が敗走している折に、孔明が河原の石を幾何学的に並べて作った八つの門を持つ八陣図。
劉備を逃がすための時間稼ぎの術なのだが、一つの門以外から入ると抜け出ることは不可能と言われている。
ある門から入ると中で迷い続けて出る事叶わず、またある門より入れば確実に死に至る。と言われている。

この八陣図はまだその名残があるらしく、いまだに不穏な気を吐きだしているそうな…。
ま、もっとも中国での気というものが、まだ科学的には立証されていないので、何とも言えないのだけどね。
ただ、中国に於いては、この気というものの存在が大きい。
中国武術ではいかに気を練るか?が、重要な要素になってくる。
太極拳の緩やかな動きの中にある力強さは、練り上げた気の賜物だという話だ。

話はずれたけど、とにかく面白く最後まで読み切った。
それで調子に乗った私は、またしても『宮本武蔵』に手を出した。
今度は1巻は読んだが2巻の途中で挫折した・・・(゜_゜i)タラー・・・
あまり成長していなかったみたいだ…。
そして、その後も機会があるごとに手を出して、とりあえず、今のところ3巻目の途中までで放置している(苦笑)
いつになったら、全巻読めるのだろうか?宮本武蔵??

続く…

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