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●7月11日

◆小説…その9(幕末物)

小説『竜馬が行く』を読んで、俄然。興味を引かれる男に出会った。
それが『勝海舟』である。
幼名は麟太郎。
海舟というのは、いってしまえば通り名らしい。本当は別に名前があるらしいが、私は知らない(苦笑)

勝海舟の小説には有名なモノが2つある。
一つは、作者が誰であったか思い出せないが、勝親子を書いた『親子鷹(あれ?父子鷹だったかな?)』
この時、私は勝の父親がどんな人物なのか知らなかったので、こちらはパスした。
そして、もう一冊が私が読んだ子母沢寛さんの『勝海舟』である。
これも面白かった。

勝の父親。名は小吉といったと思う。が、いい味を出している。
幕府お抱えのいわゆる御家人っていうのかな?
けれど仕官はかなわず、町民たちとも和気あいあい、べらんめいで喋る。
それがまた小気味いい。
また、面倒見がいいから下からも慕われてはいるものの息子である麟太郎にはそういったところは見せたくなかったらしく、遠くから姿を見ただけでも隠れてしまう。といったかわいらしさ(?)も持ち合わせている。

小吉は麟太郎にはなんとか仕官の道を…。
と、幼い頃から学問所にも通わせ、剣術も習わせてきた。
だから幼い頃の麟太郎はちゃんとした武家の子らしい喋り方をしている。
それが恐ろしい事に(笑)年が経つにつれ親父に似てくる。
キチンと親のDNAを受け継いで、竜馬達が訪ねた時には、もうべらんめいの江戸っ子気質だった。
しかも竜馬の言葉を借りれば「いたずらっ子がそのまま大人になったような人」であるらしい。

ただ、麟太郎。
負けん気の強い子でもあった。
蘭学を学びたいと、当時有名なミヅクリゲンボ(漢字に変換されないよ〜。単漢字も忘れたし…(-_-;))のもとを訪ねるが、けんもほろろに断られた。
「こういった学問は派手好きな江戸の人には向かないだろうね。私らみたいな田舎者の方が性に合っていると思うよ」と、ミヅクリゲンボに言われた。
勝は悔し涙を流しながら帰ってきたらしい。
その後、別の蘭学者に師事する事になるんだけどね。

その頃の話としても、高価な洋書が入荷した。
しかし、貧乏故に買えるわけもない。
で、通い詰めたのか?借りてきたのか?ちょっと思い出せないが、その本を丸々手書きで写したというから、根性あるよね。
かく言う私も昔、小学生だった頃に『マジンガーZ』を描きたくて、でも週刊誌が買えなかったからノートと鉛筆を書店に持ち込んで、確かジャンプだったと思うけど、マジンガーZの格好いいポーズのページを思い切り見開いて模写した事があります(笑)
よくやったよね〜。小学生で怖いもの知らずだったんだろうね(苦笑)
あ、私の話はいいですか?(自爆)

勝海舟ほど幕末期において優遇されたり冷遇されたりした人物は珍しいのではなかろうか?
咸臨丸の艦長としてアメリカに渡った時にはキャプテンだった。
帰ってきて、軍艦奉行並という役職に就く(確か…)
しかし、今は軍艦の操錬などやっている場合ではないとの幕閣からの声で、役職を退けられ暫くは隠居(?)の身となる。
それの繰り返しである。最終的に大政奉還の時には「勝は官軍側にも伝手がある」と薩摩の西郷と江戸城での会談の席に座らされる事になる。
幕府の都合で、こうも登城を許されたり禁足を食らったりというのは、勝海舟ぐらいじゃなかろうか?

竜馬がらみで言うと、面倒見がいいのは親父譲りで、脱藩している竜馬とその仲間である亀山社中の連中を幕府の経営(?)する軍艦操錬所に入れて、軍艦の動かし方などを教えるようにと仕向けたのは勝海舟その人だった。
勝の人柄がよく表れているエピソードの一つではないだろうか?
勝海舟は竜馬や高杉晋作などのような派手な破天荒さはなかったが、充分に、静かに破天荒な人のような気がする(??)

という事で、私の高校時代は、前半は幕末物を中心に、後半はSFを中心に読書をしていた事になる。
ただ、そうはいっても印象深い作品を列挙しているだけで、他にも読むだけは読んでいたのよ(笑)
そうして、テレビアニメ、ガンダムも終わり。
私も高校をめでたくも無事に赤点だらけで卒業したのである(爆)

続きまーす!←アムロ風に読んでねvv

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