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●7月1日

◆小説…その3

私が高校3年生の時が1979年で、ピンと来た人もいるかもしれないがテレビアニメ『機動戦士ガンダム』が始まった年でもある。
ガンダムの『宇宙世紀0079』は『1979』に放送されたからだと富野監督が何かで言っていた。

ちなみに『テレビ漫画』と『テレビアニメ』の境界線は、私が中学1年生の時に始まった『宇宙戦艦ヤマト』になる。
当時、それまでとは全く違う切り口でロボットも超能力も出てこないSF物。として始まったヤマトはこれが新しいテレビ漫画の形だ。という意気込みの元アニメという言葉で表記されて宣伝されたと思う。
本当に面白いアニメだった。劇場版の2作目『さらば宇宙戦艦ヤマト〜愛の戦士たち〜』までは…。

その後、この劇場版の2作目をテレビのセカンドシリーズとして放送した時に『ヤマト』は死んだ。
死んだのならまだ潔いが、正確には『腐った』という方が表現的には当たっているかもしれない。
劇場版ではヤマトのクルー達はみんな死んでいくのである。愛すべき地球を守るために…。そのラストが正解だったのかどうかは今もってわかろうはずもない。けれど、深く心に刻み込まれもし、また感動もした。
そして一度決めた結末を変える事は作品をダメにしてしまう事である。
それを『ヤマト』はやっちゃった(T_T)
テレビ版ではみんな生き残っちゃうのである。

これをきっかけに『ヤマト』は単にダラダラと長く続いていくだけの駄作になり下がっていく。
作家の平井和正氏が昔、自身の小説で人気のあった女性キャラを殺した時(なんか響きが良くないけど(^-^;)抗議が殺到したらしい、その結果として平井さんは自身のエッセイになるのかな?その本の中で試験的にその女性キャラを生かして続きを書いてみた。
その結果は平井さんの言葉を借りると「物語は終わってしまった。彼女を生かした事によって物語はハッピーエンドを迎え、終わりを告げた。これ以上書き続ける事は無理なのだ」という意味合いの事を言っていた。
物語を作る時には『死ぬべき時に死ぬべき人が死なない』と物語が紡がれなくなってしまう事もある。

それがプロデューサーの意向か原作者である松本零士さんの意向かは忘れたけど、 作品は作り上げて世に出したのなら、どんなに後悔する事があっても『それで善し』とする潔さが必要なのである。
私もイラストを描いて、このサイトにアップしている身である。
中にはどうしようもなく下手こいた〜。っていうのもある。
「アップしようか、やめようか?」散々悩んだ挙句にアップするのである。見せたくないモノはアップしなければいい。一旦アップしたモノをコソコソと再び闇の向こうに隠してしまうのは私のプライド(というほど立派なものでもないけど)が許さない。
だって、良くも悪しくもそれがその時の自分だからである。

話が大幅にずれてしまった(^-^;
ま、それだけ私にとっては『宇宙戦艦ヤマト』という作品も思い入れが強いという事で…。

とにかく、高校3年生の時にガンダムが始まり、前述した私の友人がハマってしまった。
何故か毎週金曜日になると彼の帰る速度が異常に速いのである。
大体毎日同じように自転車をこいで途中まで同じ道をチンタラ帰るのに…。である。
で、ある日追いすがって彼に聞くと「ガンダムが始まっちゃうんだよ〜」って事で、話を聞いてみたらどうやらアニメらしい。
この時代のほとんどの人がそうであったように、私ももうアニメは卒業していた(と思っていた)のだ。
だから「めっちゃ面白いんだってば」と聞いてもそれほど関心はなかったのである。

で、その日。
彼につられて早く帰った私は暇だった。ので、ちょっとした興味本位でガンダムを見てみた。言ってしまえば新しいモノ好きなミーハーなのである。
タカをくくっていたのである。
所詮はロボットアニメなのだろう?と…。
ところが見てビックリした。わからないのである。話の流れとか舞台設定が…。

それまでのロボットアニメといえば、1話見れば大体のお話はわかるものだった。
悪い宇宙人が地球制服にやってきた。とか、マッドサイエンティストが世界征服に乗り出した。とか…。
それを迎え撃つのが、正義の巨大ロボットで大筋での話は切らないものの1話に1体の悪いロボットが現れてそれを倒してバンザーイで終わる1話完結の物が殆どだった。

けれどガンダムは違った。
1話見ても「何がなにやらね〜?」の世界である。
一応主人公側としてガンダムとホワイトベースがある。っていうのと、赤い彗星のシャアがそれに対抗する勢力らしいって事はわかった。
観たのは『大気圏突入』である。
ルナツーを出て、南米のジャブローに向かうホワイトベースは大気圏への突入を控えていたが、そのタイミングでシャアがモビルスーツ戦を仕掛けてくるのである。
とりあえず目を丸くしたのが『ザク』のデザインである。
それまでの半分生き物めいたメカとは一味もふた味も違う。アメリカンテイスト漂わせる、いかにも『ロボット』というデザインだった。

そして、「これ以上は無理だ」と判断したシャアが大気圏突入用のカプセルに収容され、部下にも上がってくるようにと指示を出すが、時すでに遅く…。
部下のザクは大気圏の摩擦熱で溶けて爆発してしまうのである。常識的に当たり前の事である。
けれど今までのロボットアニメでそれを表現しているのを私は見た事がない。
ある意味、驚き、そして感動もした(いや、オーバーじゃなくってね)
だって、アニメ版のデビルマンなんか生身で宇宙へ出て、生身で大気圏を突破して地球に帰ってくるんだよ(いや、デビルマンも大好きだけどね。もちろん原作の方が数倍面白いけど…)。
そして、ガンダムは主役メカだけの事はあって、ちゃんと大気圏を突破する装置が付いていて、無事に地球に降り立ち、ホワイトベースと合流するのである。

そうして、ここからのシーンで、また頭の中が疑問符でいっぱいになるのである。
シャアの追撃戦によってホワイトベースは予定していたコースを大幅にずれた。
ホワイトベースのブリッジで(確か)ブライトが言うのである。
「シャアに謀られた。ここはジオンの制空権内だ」
「はい?」って思ったのは私である。「え?制空権って言った?今?」
制空権。戦争用語である。
およそロボットアニメには似つかわしくないこの言葉がなんで?という思いがあって混乱した。
「え、敵は地球に既に制空権を持っているの?じゃあ、シャアって何の部下?悪い宇宙人とも違うしマッドサイエンティストでもなさそうだし、どっちにしても何で戦争用語が出てくるの??」

そうしてわからない事だらけのこのアニメが『わからない事』が魅力となって私を引っ張り込んで、私は再びアニメにのめり込むことになる。
それからは毎週、この友人S君と金曜日はダッシュで家に帰ってガンダムを見た。
とにかく、まだ一般家庭にそれほどビデオデッキが普及していない頃である。オンタイムで見る以外に見る道はないのだから必死である。
それらを残せるものとしては唯一カセットデッキがあったくらいであるが、これも本人がいないと単一指向性のマイクで音を拾う事など出来やしない。
そうして必死で帰って観たガンダムの話で翌日は賑わうのである。

ア…アニメ話が長すぎる…(^-^;…続きます。

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